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今日は親父の命日でした。平成3年12月21日、享年77歳の大往
生であった。 午前中日課の庭の手入れを済ませ、昼食を取りながら
これも日課の昼酌(勿論晩酌も日課です)を済ませ、いつものように昼
寝のため寝室に入ったそうです。
夕飯の時間になって孫の久美子が起こしに行くと、既に亡くなってい
たそうです。 闘病で苦しむ事もなく、周囲に看病の世話をかける事も
なく、まさに眠るように静かに一生を終えました。コムハウスの活動訓
“元気で長生き逝くときゃポックリ”を実践した様な最後でした。
そんな訳もあって、いつ行こうかと思っていた渡邉さんの焼香に行っ
て来ました。 渡邉さんは平成16年から始まった第1期中国語教室
からずっと通って来られ、平成20年まで続けておられましたが2年前
からお休みされていました。
暮れになって奥様から賀状容赦の訃報が届き、驚くと共にいつお別
れの挨拶をしに行くかと思いあぐねていた処、結局今日になってしまい
ました。仏壇の前に香典に添えて渡邉さんがコムハウスでご活躍して
いる数枚のスナップ写真を供え、手を合わせました。
お伺いすると渡邉さんの享年は私の父と同じ77歳だったということ
です。渡邉さんの遺影に父の顔が重なっていました。渡邉さんお疲れ
さまでした。
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